腰痛発生の基本的なプロセス
腰痛の約85%が画像診断と一致せず、原因が特定出来ない非特異的腰痛と言われています。
そして、非特異的腰痛の一部は慢性化し、難治性となる傾向があります。
果たして腰痛の根本的原因はどこにあるのでしょうか?
ここでは腰痛が発生する基本的なプロセスについてSpine Dynamics療法を参考にまとめてみました。
この記事の目次はこちら
痛みを感じるメカニズム
作用-反作用の法則
脊柱弯曲構造
脊柱弯曲角度が減少する原因
体力低下
心的ストレス
内臓-体性反射
重心補正による腰椎への影響
腰痛発生プロセスのまとめ
参考元
引用文献、参考文献
痛みを感じるメカニズム
まず痛みを感じるメカニズムについて侵害受容器を中心に説明します。
上図のように抹消の組織(皮膚、筋、関節、内臓)に分布する侵害受容器が刺激され、この刺激が神経を通じて脊髄、視床と伝わり、最後に大脳に辿りつき認識されることで「痛み」を感じます。
侵害受容器には高閾値受容器とポリモーダル受容器の2種類が存在します。
高閾値受容器は侵害性(身体に害を及ぼすような)の強い機械的刺激には興奮しますが、弱い刺激には興奮しない特徴があります。
ポリモーダル受容器は、機械的刺激、熱刺激、発痛物質による化学的刺激など多様式の刺激に興奮する特徴があります。
機械的刺激 |
力学的刺激で振動エネルギーである。 |
---|---|
化学的刺激 |
組織傷害に伴う炎症において発生した化学物質(プロスタグランジンやセロトニン、ブラジキニン、ヒスタミン、ロイコトリエン)による刺激でポリモーダル受容器が興奮する。持続的に炎症による痛みの信号が脳に届く。 |
熱刺激 |
43℃以上の高温と15℃以下の低温による刺激。 |
腰に痛みを感じるのも機械的刺激もしくは化学的刺激によって腰椎周囲の組織に分布するポリモーダル受容器が興奮するためです。
例えば、炎症が生じている椎間板性疼痛では、炎症による化学的刺激によってポリモーダル受容器が興奮して腰に痛みを感じます。
Point
このような炎症による痛みの場合は、Nsaid(ボルタレンやロキソニンなど)が効きます。プロスタグランジンの合成を抑制することで、化学的刺激によるポリモーダル受容器の興奮が抑えられるからです。
炎症を伴わない椎間関節性の疼痛では機械的刺激によるポリモーダル受容器の興奮によって痛みを感じます。
ここで注目して頂きたいのは機械的刺激によるポリモーダル受容器の興奮には一定以上の加速度が必要なことです。機械的刺激とは動作を行った際に発生する力学的エネルギーであり振動エネルギーのことです。
例えば、体幹の伸展する等の動作を行った際に機械的振動エネルギーが発生するのですが、この加速度が一定以上になるとポリモーダル受容器が興奮して痛みが発生します。動作を行っても加速度が一定以上でなければ痛みは生じません。
なぜ、動作時の機械的振動エネルギーがポリモーダル受容器を興奮させる程の加速度をもってしまうのでしょうか?
作用ー反作用の法則
機械的振動エネルギーによる痛みの正体を知るには物理学者アイザック・ニュートンの運動3法則を知る必要があります。
第1の法則(慣性の法則)
第2の法則(運動方程式:F=ma)
第3の法則(作用-反作用の法則)
ここでは、ニュートン力学の第三法則に「作用ー反作用の法則」に着目します。
これは、物体に力を加えると(作用)、その物体は同じ大きさの力で押し返す(反作用)という法則です。
力は必ず対になって作用します。押すと押し返され、引っ張ると引っ張り返される。これが「作用-反作用の法則」です。
例えば、100の力で壁を押せば、反作用として100の力が壁から返ってきます。
全ての運動において生じた力は反作用として返ってくるのです。
この反作用の力エネルギーを全て吸収できることで動作は成立します。
反作用の力エネルギーを吸収できなかった場合は身体の組織を破壊するエネルギーとなってしまいます。
point
ガラス玉を落とすと、落ちた時に反力が発生します。ガラス玉は力を吸収する機能が低いため、反力を吸収しきれなくて割れます。
つまり、吸収しきれなかった反作用力エネルギーは組織を破壊するような加速度をもっているため、ポリモーダル受容器が興奮します。
機械的振動エネルギーによる痛みの正体は吸収しきれなかった反作用力エネルギーによる痛みなのです。
脊柱弯曲構造
なぜ、反作用力エネルギーを吸収しきれなくなってしまうのでしょうか?
力の起点と戻ってくるトコロは一緒です。動作を行う際には重心近くが力の起点となり、反作用力も力の起点に戻ってきて吸収されます。
この重心近くの力の起点とは体幹にあります。体幹は大きな力を発生して、反作用力を吸収します。
じつは、体幹は脊柱の弯曲構造があることで反作用力を吸収する機能に優れているのです。
脊柱の弯曲は3つの弯曲で形成されており、脊柱の弯曲については数式を交えてご説明いたします。
引用元:カパンディ 関節の生理学 V脊椎 体幹 頭部
弯曲を持つ円柱の抗力Rは、弯曲の数Nの2乗+1に比例します。
R=Nの2乗+1
R=抗力(力を吸収・緩衝)
N=弯曲数
真っ直ぐな円柱を上方から押さえた時の抗力Rは、弯曲数Nは0なので抗力Rは1となります。
N=0の場合
R=0の2乗+1
R=0+1
R=1
弯曲を1つもつ円柱では、弯曲数Nは1なので抗力Rは2。
N=1の場合
R=1の2乗+1
R=1+1
R=2
弯曲を3つもつ円柱では、弯曲数Nは3なので抗力Rは10となります。
N=3の場合
R=3の2乗+1
R=9+1
R=10
弯曲数が3つになることで、真っ直ぐな円柱の10倍の抗力を持つことができるのです。
このように脊柱には反作用力エネルギーを吸収・緩衝するサスペンション機能が備わっているのです。
しかし、脊柱の弯曲が1つでも失われると、弯曲数2の2乗+1で抗力Rは5となります。弯曲が1つ失われるだけで、反作用力を吸収する機能は半分になってしまうのです。
N=2の場合
R=2の2乗+1
R=4+1
R=5
つまり、弯曲角度が減少すると、脊柱による反作用力を吸収する機能が低下するのです。
その結果、吸収しきれなかった反作用力エネルギーによりポリモーダル受容器が興奮して痛みを感じるわけです。
脊柱弯曲角度が減少する原因
ここまでで、脊柱彎曲角度が減少することで反作用力エネルギーが吸収しきれなくなり、痛みを感じることがわかってきました。
では、なぜ脊柱の弯曲角度は減少してしまうのでしょうか?
これには3つの因子が関係します。
「体力の低下」
「心的ストレス」
「内臓-体性反射」
体力低下による脊柱弯曲角度の減少
まずは一つ目の「体力の低下」からご説明いたします。
体力が低下すると、筋力で身体を支持していたのが骨性支持に変化します。
骨性の支持になると脊柱は弯曲角度を減少させ、脊柱をフラット(平坦)にすることで支持しようとします。
体力が低下した男性の老人では脊柱の骨性支持によるFlat Back姿勢やSway Back姿勢がよく観察されます。
また、女性では骨性支持になると椎体の形状とオステオポローゼ(骨粗鬆症)の影響で円背姿勢となりやすい傾向があります。
Point
椎体は腹側より背側が厚い形状をしており、単純に積み上げると円背になります。また、骨密度も腹側より背側が高いという特徴があります。このため、椎体腹側が圧潰しやすく、女性はオステオポローゼの影響で円背になりやすい傾向があります。
さらに、「体力の低下」による交感神経機能障害が脊柱弯曲に影響します。
運動を行った時、筋肉内ではエネルギー代謝が行われます。筋肉内で糖質を燃焼させることで筋を収縮させるエネルギーが発生し、その代謝産物として乳酸が発生します。
負荷が軽めの運動では燃焼する糖質の割合が少なく、筋収縮エネルギーが発生した際の乳酸の除去がスムーズです。体力が十分にある若い方は、このような有酸素代謝で日常生活を行います。
一方、激しい運動では燃焼する糖質の割合が多く、代謝産物として発生した乳酸の除去が追いつかずに乳酸が溜まります。このような、エネルギー代謝を乳酸性代謝と言います。
体力が低下したご老人などでは、日常生活を行うだけでこの乳酸性代謝となってしまいます。
そして、乳酸性代謝は交感神経機能を活性化させます。
乳酸は交感神経を興奮させる引き金です。
交感神経機能活性化は呼吸筋、呼吸補助筋などの体幹にあるほとんどの筋を緊張させます。
Point
交感神経節を通る第1胸髄〜第12胸髄レベルの肋間神経支配の筋。交感神経機能の活性化で筋緊張が亢進する。
Point
交感神経節を通らない第1胸髄〜第3腰髄レベルの脊髄神経後枝支配の筋。
運動野からの姿勢緊張プログラムの命令を受ける。交感神経が興奮して脳が疲労すると、脊髄神経後枝支配の筋も緊張する。
交感神経節を通る胸椎を中心とした体幹筋の筋緊張亢進により、矢状面の脊柱アライメントは胸椎がフラット(平坦)傾向となります。
つまり、体力低下による乳酸性代謝が交感神経活動を活性化させ、脊柱弯曲角度減少を引き起こすということです。
以上が体力低下を起因とした、「骨性支持への移行による脊柱弯曲角度の減少」と「乳酸性代謝による脊柱弯曲角度への影響」となります。
引き続き、「心的ストレス」「内臓-体性反射」もご説明いたします。
心的ストレスによる脊柱弯曲角度の減少
身体的な側面だけが脊柱弯曲角度に影響するわけではありません。
心理的側面による影響でも脊柱弯曲角度は減少します。
怒り、妬み、嫉み、不安などの感情が持続すると、脳の情動反応による脳幹・上位頚髄支配域の筋緊張亢進が引き起こされます。
これにより、顔面、頭頸部の筋緊張が亢進することで上位頸椎の弯曲運動が障害されます。
Point
情動反応とは快や不快、喜びや悲しみ、怒り、恐れ、驚きといった感情と、それに伴う生理的変化。感情に伴った心血管系をはじめとする種々の自律神経機能の変化。
また、脳幹・上位頚髄支配域の筋緊張亢進と同時に情動反応による脊髄下行性交感神経性インパルスが生じます。
下行性交感神経性インパルスは、交感神経節を有する胸髄レベルの呼吸筋、呼吸補助筋の筋緊張を亢進させます。
そして、胸髄支配域の体幹筋の筋緊張亢進により胸椎フラット(平坦)が促進されるのです。
このようにして、心理的ストレスにより脊柱弯曲角度が減少するというわけです。
内臓-体性反射により脊柱弯曲角度の減少
内臓-体性反射とは自律神経を求心路、体性神経を遠心路とする反射です。
動物性タンパク質の摂りすぎ等で腹腔臓器細胞へのストレスが持続すると、求心路を介して、内臓の状態に関する情報が下位胸髄に伝えられます。
Point
多くの内臓は第5胸髄以下の神経系に支配されます。
引用元:プロメテウス解剖学アトラス,解剖学総論/運動器系
そして、反射弓による下位胸髄支配域の筋緊張亢進が引き起こされます。
これにより下位胸椎のフラット化が生じて、脊柱弯曲角度が減少するのです。
このように「体力の低下」「心的ストレス」「内臓-体性反射」によって交感神経活動異常が引き起こされ、胸椎を中心とした脊柱弯曲角度の減少が生じるわけです。
重心補正による腰椎への影響
ここまでで、胸椎がフラット化する原因について説明してきました。
そして、この胸椎フラット化が腰椎にも影響します。
そもそも脊柱の弯曲は相互関係です。単独での弯曲運動は行いにくく、胸椎の後弯が出来ないと、腰椎の前弯も作れなくなっているのです。
胸椎フラット化により、姿勢バランスが保てなくなると、姿勢制御により腰椎弯曲運動を阻害することで姿勢バランスを整えようとします。
そして、腰椎の弯曲運動障害により、腰椎椎間関節の関節適合性が悪くなると、エネルギーの伝達が阻害されます。
このエネルギーの伝達が阻害された状態とは、脊柱のサスペンション機能が低下した状態であり、反作用力エネルギーを吸収しきれなくなった状態です。
つまり、胸椎フラット化により腰椎弯曲運動障害が起きると、腰椎のエネルギー伝達が阻害されるため、反作用力エネルギーを吸収しきれなくなって腰痛が発生するのです。
Point
腰椎弯曲運動障害によって、下位腰椎椎間関節や椎間板の一部に非生理的荷重ストレスが蓄積します。
非生理的荷重ストレスが蓄積した結果、椎間関節の変形が進行したり、椎間板ヘルニアが作られます。
腰痛発生プロセスのまとめ
以上が腰痛発生の基本的プロセスとなります。ここでまとめてみたいと思います。
「体力低下」「心的ストレス」「内臓-体性反射」を起因とした交感神経活動異常により胸椎フラット化が促進されます。
胸椎がフラット化すると、姿勢制御により腰椎弯曲運動障害が引き起こされ、関節適合性が悪くなります。
そして、関節適合性が悪くなると、反作用力エネルギーを吸収しきれなくなります。
吸収しきれなかった反作用エネルギーにより腰部のポリモーダル受容器が興奮して、腰に痛みを感じるというわけです。
もしくは、非生理的荷重ストレスにより椎間板が損傷して、炎症による化学的刺激によって腰痛を感じます。
腰痛に対するアプローチとしては、腰椎の前弯柔軟性を出すことで痛みが軽減、消失することが多くあります。
しかし、腰椎の前弯柔軟性を出すだけでは痛みが戻ってくることがあり、その場しのぎの対処療法となってしまいます。
腰痛の根本的解決には、胸椎に対するアプローチが重要です。胸椎のフラット化により、腰椎の前弯が作れなくなっているからです。
そして、胸椎に対する徒手療法や体操療法だけでなく、胸椎をフラット化させる交感神経活動異常にも着目しなければなりません。
つまり、腰痛の根治療法には胸椎フラット化の原因となる患者さんの生活習慣や心の問題に対するアプローチも必要となるのです。
参考元
参考文献、引用文献
カラー版 カパンディ 関節の生理学 V 脊椎 体幹 頭部 原著第6版
プロメテウス解剖学 解剖学アトラス 解剖学総論/運動器形
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